2011年12月16日号

No.135


クリスマスの頃になると、父を思い出す。「一徹」と言う名前の通り、「頑固一徹」と周りからも言われる程、真面目な父だった。しかし、実は、涙もろい情にあつい父でもあった。神奈川県の川崎市で歯科医院を開業し、沢山の患者さんで繁盛していたそうだ。当時としては珍しい写真館で写してもらった、私の幼い時の写真が、戦禍を逃れて現在(いま)、私の手元で大切な宝物として残っている。


   洒落た洋服を着せてもらい、ベレー帽をかぶった私。戦争で全てを失った父と母は、私を背負い、母の実家のある釧路に辿り着いた。釧路で歯科医院を開業し再出発した父は、いつも背中を丸め、患者さんを診るか、入れ歯を作っていた。私が一番上で、下に弟が二人、妹が一人。幸せだったと思う。


   父はクリスチャンだったらしい。我が家には幼い時からクリスマスがあった。何枚かのセエターを解きほどき、洗って綺麗になった毛糸は、母の手によって、きょうだい4人分のセエターに生まれ変わる。あり合わせの毛糸で編むので、どの子も縞模様の柄だった。


   父は、私が結婚してたった一度だけ、札幌の私の家庭に来てくれたことがある。長男の郁朗が、脳腫瘍で大きな手術を受けることになった時に、「可哀想に!かわってやりたい!」と、拳でたたみを叩き男泣きに泣いてくれた…。優しい父だった。


   おとうさん、その郁朗の背が184cmもあるんだよ。大きくなったでしょう?この頃私、忘れっぽくなって来たの。するとね、「しっかりしてよ!」と叱られる…。でも、決してきつい言い方でないんだよね。心強い存在だよ。休日には2人で仲よく腕を組んで、街を歩いたり、外食するのが楽しみなんだよ…。


   一人では食べ物屋さんに入れない私、息子をダシにつかって楽しんでいる。夢でいいからおとうさんに逢いたいな。


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