2011年12月02日号

ブータンのこころ


前号11月25日号散歩道において、ブータン王国の人々が自国を《「ドゥク・ユル」(雲龍の国)と呼ぶ》とあるのは《「ドゥク・ユル」(雷龍の国)と呼ぶ》の誤りです。訂正の上、深く深くお詫び申し上げます。


   本当にお恥ずかしい間違いをしてしまった。ヒマラヤから連想したブータン=雲の国というイメージが重なって、とんでもない思い込みをしていたのだった。単に誤った文字を使ってしまう“誤植”ではなく、散歩人の思い違いだったから質(たち)が悪い。知ったかぶりはこうして手痛いしっぺ返しを食らうのである…。


   「雷龍の国」をはじめて知ったのは、第4代国王王妃の著書「幸福大国ブータン~王妃が語る桃源郷の素顔~」(NHK出版)からだった。同書によると、ジクメ・センゲ・ワンチュク第4代国王は1955年生まれで、実の姉妹(次女~5女)である4人の王妃がおられ、著者は国王と同じお年の一番姉のドルジェ・ワンモ・ワンチュク王妃(次女)。ちなみに、先日来日されたワンチュク第5代国王のお母様は、第3王妃(ツェリン・ヤンドン=4女)と報じられている。


   その「幸福大国ブータン」の中に……チベットの高僧が新しい僧院の落慶法要を営んでいた時に、雷龍(ドゥク)の叫び声と信じられていた大きな雷が鳴り、仏の真実の教えが広く流布する兆しに違いないと、僧院はドゥク(雷龍)と名づけられ、チベット系大乗仏教のドゥク派が誕生した。それが17世紀にブータンの国教となって以来、人々は自国をドゥク・ユルすなわち「ドゥク派の国」あるいは「雷龍の国」と呼ぶようになった……と前王妃は紹介している。


   国王の65歳定年制を提唱する第4代国王は、2006年、早くから経験を積ませたいと26歳という若さの現国王に早々と王位を継承した。GNH(国民総幸福量=グロス・ナショナル・ハピネス)を支柱にする国家理念にもこの早期譲位の心にも、欧米経済至上社会の基盤をなす「欲」というものから離れた、高い精神性がしっかりと据えられている。ブータンがどうしても懐かしいのは、仏教の同じ心が人々を支えてきたからなのかも知れない…。


ケンウッド コンポ

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