2011年12月09日号

夜明けのスキャット


由紀さおりの「夜明けのスキャット」(いずみたく作曲、山上路夫作詞)という歌が頻繁にラジオに流れている。何だかずいぶん懐かしくて、胸の底にちょっぴり甘酸っぱい記憶がよみがえった。


   由紀さおりさんは今、人気急上昇の世界的ボーカリストとして注目されているのだという。アメリカの世界的ジャズオーケストラ「ピンク・マルティーニ」が、由紀さん独特の透き通るような声に惚れ込んで共演したのが人気を呼び、「夜明けのスキャット」など当時の歌謡曲を同楽団と歌ったCDアルバム「1969」が各国で上位にランクされる世界的ヒットになっているそうなのだ。


   この歌が流行(はや)ったのが1969年(昭和44年)だった。中学2年生だった散歩人の頭の中には、ル~ルルルル~、ル~ルルルル~…という由紀さおりのスキャット(歌詞のない歌)が、パ~パパパ~パ~と、いつも鳴り響いていた。決して散歩人の所為(せい)ではない…子孫繁栄をもくろむ神様のなせる技で、思春期のまっただ中に放り込まれた少年は、天井の節穴にも心が乱れる程に神様に忠実で、日々桃色吐息的生活を生きていたものだった。ま、早い話が女の子に夢中になっていた。夜な夜な…悶々と…帳面に想う女子の名を書き募るだけだったのだが…。


   秋田の片田舎、その年の中学校の修学旅行は、登別・洞爺湖・札幌が行き先で、ミラーボールが回るバーというものを初めて洞爺湖の旅館で見た時も、ちょうど巨人戦が開催されていたのだろう、夜に忍び出た狸小路で巨人の堀内投手を見つけて、「あ、ホリウチだ…」「ナガシマいねべが…」「オーどごだ…?」などと、こわごわ追っかけした時も、女子の姿をこっそり目で追いかけていた時にも、行く先々で流れていたのが「夜明けのスキャット」だった。


   いわば我が思春期のBGM…。散歩人にはとてつもなく、甘く、酸っぱいのである。ちなみに、発売時のレコードのB面は「バラのためいき」(同)という、由紀さんの声がとてつもなく官能的な、とてつもなく体に毒な曲だったのである…。


涼宮ハルヒ CD

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