2012年01月01日号

百人一首


正月の遊びというと歌留多取りや福笑い。いまカルタと言えば、いろは歌留多を思い浮かべる人が多いだろうが、私の世代では、北海道式の百人一首、下の句を読んで、下の句を崩し文字で書いた木札を取り合う冬場のスポーツ?を思い浮かべる。


   Oさんは80歳代後半の女性、数年前からアルツハイマー病で通院している。20数年前に孫のピアノを買ったときに当たった欧州旅行、パリで見た『オペラ座の怪人』の舞台を詳しく話してくれるが、昨日のデイサービスでの麻雀の記憶は全くない。Oさんに「昨日の麻雀の結果は?」と尋ねると、「しばらく麻雀はしていない。私は百人一首が得意、満州では上の句を読んでとっていたから、上の句からもいけるよ」と。


   百人一首は、平安から鎌倉時代に至る時期に藤原定家が選んだといわれる和歌集である。飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの百人の和歌を集めたものである。成立当初は『嵯峨山荘色紙和歌』とも呼ばれたようだが、定家が小倉山で編纂したことから『小倉百人一首』と呼ばれるようになったそうだ。江戸時代に入って木版画の技術が普及すると、絵入りの歌歌留多になり、カルタ遊びの種になったようだ。


   私の高校3年生の冬休み、担任だった国語の先生が百人一首の全句を記憶することを宿題とした。今でもかすかな記憶がある。私が「あまつかぜ」と言ったら、Oさんは続いて「雲の通い路吹き閉じよ、乙女の姿しばし留めん」と。この句は有名だから…と考え、これはと無理だろうと「有明の」と言ったら、「つれなく見えし別れより、暁ばかり憂きものは無し」と。続いて「山里は」と言ったら、「冬ぞ寂しさまさりける」…「次は何だったかなあ」と考えこんで「人目も草も枯れぬと思えば」ときた。Oさんは、恐らく百句を朧気ながらにも全て覚えているのだろう。妻にこの話をしたら、「Oさんの子供のあやし方を見ると只者じゃないよ」と!


ブルーレイ レコーダー

トラックバックURL:

« 新年によせて | TOP | 五・七・五で・・・ »

[PR]SEO対策済みテンプレート