2012年01月20日号

旧正月に、おめでたい話


大寒のすぐ後、今年は1月23日が旧正月。おめでた話2題……昔、山城国の梅津の里(今の京都市右京区)に、左近丞(さこんのじょう)という正直者の貧乏な夫婦が暮らしていた。あまりの貧しさに「夷(えびす)三郎殿(恵比須神)と申す福神を拝めば福をあたえてくださるそうな」と、夫婦は朝夕祈っていたが、ある日、道に迷った尼に左近丞が親切に道案内したところ、お礼にと10銭渡され、妻に餅を買いにやらせた。その帰り、痩せ衰えた老人に「食べ物を…」と乞われ、妻は迷った末に、ひもじさは私も同じ、さぞ辛かろう…と自分の分を与えた。老人は「やさしいお心。必ずやご恩返ししましょう」と去った。その夜、夫婦は同じ夢を見る。「妻女のおかげで、空腹をいやしてもらった。その礼に福を与えようと思う。まずこの家の貧乏神を追い出し、その後に福の神を招き入れることにする」「あなた様は?」「お前たちが、朝夕に拝んでいる恵比須三郎である」


   それから不思議なことに、日頃見かけないかむろ(おかっぱ頭)の貧乏神たちが床下天井からあらわれ出て、「敵が来る」と騒ぎ始めた。そこに、恵比須三郎殿がいかめしい恰好で現れ、援軍に15人の童子を従えた稲荷殿(伏見稲荷)の本地(実体)である弁財天や、鎧を着けた鞍馬山の毘沙門天が駆けつけ、とうとう貧乏神を追い払った。恵比須様は「貧しくとも正直で慈悲深いおまえたち夫婦の守護神となって、末永く見守る」と告げたのだった。そのうち、頭巾をかぶり大きな袋を肩に担(かつ)いで手に槌(つち)を持った人が戸をたたく。「天竺(インド)の大黒天というものじゃ。慈悲深い夫婦と聞きこの家に住みたいと思って来た」。唐の国からは、白い髭で杖をついた寿老人、3尺(約90㎝)の長い頭に3尺の小さい体の福禄寿、胸をはだけて大きな腹を突き出し、袋を肩にかけてうちわを手にした布袋和尚…賑やかに七福神が勢揃い。左近丞夫婦は長者になり、富み栄えたという……


   「梅津長者物語」という昔話で、「大法輪」という月刊誌(1月号)に紹介されていた。もう一つ、こちらは貧乏神を大事にしてしまうお話。東北地方のよく知られた民話だが、欲のないほのぼのと情け深さに何とも共感してしまうのは、散歩人だけではないような気がする


   ……昔、貧乏な働き者の男がいたが、真面目なのを見込んで村の人がお嫁さんを世話した。家の中は明るくなり、貧乏でも夫婦して楽しく働いた。ある年の大晦日、天井裏から泣き声が聞こえる。見てみると薄汚い爺さまのなりをした貧乏神が泣いている。「夫婦でよく働くのでだんだん住みづらくなって、今夜この家を出なければならなくなった。わしゃ行くところがないのじゃ…」。福の神が来るので、追われるのだという。夫婦はかわいそうになり、居てもかまわないと言うと、貧乏神は今度は嬉しくて泣いた。やがて除夜の鐘がなり、福の神がやって来て、「さあさあ、交代じゃ」貧乏神を力ずくで追い出しにかかって押し合いになる。見ていた夫婦が「貧乏神負けるな」。歓迎されるはずだった福の神はとうとう追い出されて、首を傾げかしげ去って行った。その後、夫婦は金持ちにはなれなかったが、健康で明るく、十分幸せな日々を過ごした。貧乏神もあいかわらず天井裏に住んで2人を見守った……とさ


   とは言ってもなかなかねぇ…。


セットコンポ

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