2012年02月03日号

子守歌


土間の明かり取りから差し込む朝日の光の帯の中に、微細な埃(ほこり)が浮かび漂っている。底の丸みで揺らせるように作られた“えんじこ”(嬰児籠=中にワラなどを敷いた赤ん坊用の育児かごで散歩人の家ではえんじ色の木製だった)の蒲団にくるまって、光の中にゆらゆらと浮く微粒子を見ていた記憶がある。遠くに大人たちの立ち働く声がする。近くを家事をするオンバア(祖母のことをこう呼んだ=おそらく「御婆」…オンバ・オバ)の足音が通る。赤子はその気配に包まれて、うとうとと微睡(まどろ)んでいる…。


   赤子の頃の記憶はおぼろげで、きっとそういう情景があったと思い込んだものなのだろう。12歳年上の叔母にねんねこ(負ぶった上に羽織る綿入りはんてんの感じ)で負ぶわれて、「泣げば投げるど!」と橋の上から川に放り込むようにゆすり上げられた時の記憶は、よほど怖かったとみえて、はっきりしている。まだ、少女だったろう叔母の背中で泣いて、叔母は子守の煩(わずら)わしさに赤ん坊をもてあました。


   NPO法人「日本子守唄協会」というのがあって、《虐待・いじめ・少子化等が問われている現代だからこそ、子守唄を通して“親と子の絆”…を大切に》と、作家・井上ひさし氏の夫人でもあった西舘好子さんが理事長になってさまざまに活動しているのだが、同協会が収集した日本の「子守唄」のリストには、沖縄から北海道まで1000件にものぼる伝承歌が、わかるものは楽譜にも起こされて保存されている。その西舘さんが、犯罪を起こしてしまった人の調査で、ほとんどが子守歌で育った記憶を持たないという共通した結果が出て、大きなショックを受けた話をラジオでしていた(1月23日NHKラジオ第1「ラジオ井戸端会議」)。


   散歩人の母親が歌った子守歌は♪ねんねんころりよ おころりよ……という、江戸子守歌といわれるものだったと思う。情景の記憶はないが、遠い日のひそやかな息づかいが、かすかに残っている。確かにそういうものに、この数10年の危なっかしい人生を支えてきてもらったような気がしている。


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