2012年02月10日号

原理原則


「なぜ…そうなっているのか」と、「何のために…それをするのか」が、中年の境を越えた頃からの、ものごとを考えたり判断する拠り所になっている。それをうまく言い表す言葉が浮かんでこないから、会社では「原理原則」という言葉で伝えている。世の中には、根本的な法則(原理)と、何かの目的を実現するための仕組みや規則(原則)があるから、それを柱にして考えたり、その考えに沿って判断すれば、人生でも仕事でも間違いが少なくて、きっと、うまくいく…楽に生きれる……。当たり前のことかも知れないけれど、散歩人にとっては大切な経験則で、後輩に伝えれるものといったらこんなことぐらいしかないから、口癖のようになっている。


   お役人を例にとれば、その昔は“御上(オカミ)”のために働く家来だったのが、今は、みんなが少しでも幸せに暮らすのに必要な諸事を代行してもらおうと、お金(税金)を出し合って、法律と信頼の下で仕事をする「公僕」という役割になったのが原理原則だと思う。だから、それから外れて民を見下し私利私欲に走れば、幸せに暮らすために仕事を任せた人々を裏切り苦める、本末転倒して逆立ちした存在になる。


   国民の立場に立つために選ばれて務めているはずの国会議員が、「国民は…」と国民をダシに使って、国民のためではなく政党と誰かの利益のために足を引っ張り合い、策謀を巡らす“党利党略”に走り回って、国民を苦しめている。虚偽さえ交えた引っかけ質問やら、人としての敬意のかけらもない罵詈雑言、耳をふさぎたくなるような下卑(げび)た悪口が、この1~2年の国会では平気で飛び交うようになった。国民のために物事を決めるのではなく、対立する相手を陥れるために国権の最高機関である国会を利用する…とても一国の頂点にある会議とは思えない体たらくなのだ。


   子供にも見せられないような国会とは何なのか。逆立ち官僚がうごめく中で、本末転倒した政治家がはしゃぎ回る姿がある。憂鬱な日々が続いている。


レッドクリフ CD

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