2012年03月16日号

いつのまにか…春


淡い水色の春色の空が広がっている。立春から以降、春の日差しが日ごとに強まって、3月に入ってからは降る雪もほんわかした淡雪、綿雪、牡丹(ぼたん)雪。あったかくなったなあ、うれしいなあ…と、うららかに晴れ上がった空を見上げている。


   近所の人は外に出て、とけ出した雪の始末に取りかかっている。氷を割ったり、雪解け水を流す水路を作ったり…。この季節の風物詩の、そんな街のさんざめきが心を浮き立たせてくれる。きっと、雪の下には赤だの緑だのいろいろの草の芽が頭をもたげている。枯れ草や黒土を割るように田畑の土手や野の際(きわ)から流れ落ちる雪解け水の清冽さ。その辺(ほとり)にほつほつと顔を出し始めたフキノトウのつぼみの薄緑…。そこもここもあっちもこっちも世の中全部、生まれたばかりの新しい生命(いのち)だ。


   3月17日は春の彼岸入り。20日は彼岸の中日で「春分の日」。23日彼岸明け。いつの間にか季節は巡って、春が来ている。――ああ、山には入らないとならないなあ、と出しぬけにそんな思いがわいた。春彼岸の頃になると、ざらめ(粗目)雪になった残雪の上を、かんじきを履いて「団子(だんご)さしば」(みず木のこと)を採りに行くのが子供たちの仕事だった。レンギョウのような花姿のマンサクの薄黄色の花が、芽吹きの前の薄茶の山肌にまばらに咲いている。鮮やかな赤い実を付けたアオキバ(青木葉)が深緑のつややかな葉を光らせている。散歩人のふるさとの秋田の田舎では、みず木の赤い枝に、小さな団子を花のようにたわわにさして、婆様がこしらえた、粒あんをくるんだ大きな団子のお供えも持って墓参りするのが習わしだった。


   朝日にざらめ雪の結晶が輝いて、晴れた朝はまばゆい程にきらめく光の世界になる。夜に凍ったカタ雪の上は、真っ白なコンクリートように硬く、その光の中をどこまでも歩いて行けるのだった。もうすぐ雪がとけてあれもできる、これも遊べる…。子供たちにはただ明日だけがあった。そんな時代の、春の日があった。


ハイゲージニット

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