2012年03月23日号

その時…


福島原発事故の民間事故調報告書の報道でも“菅批判”ばかり。でも、本当はどうだったのだろう。報道は信用できるのか?内閣審議官として官邸でさまざまな場面に立ち会い、事故調の聞き取りでも証言した下村健一氏は、自身のツイッターにこう書き込んでいる――。


   「大きく報道された、《電源喪失した原発にバッテリーを緊急搬送した際の総理の行動》の件。必要なバッテリーのサイズや重さまで一国の総理が自ら電話で問うている様子に、『国としてどうなのかとぞっとした』と証言した“同席者”とは、私。但し、意味が違って報じられている」…「菅直人に対し『ぞっとした』のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に『ぞっとした』のが真相」…「総理から何か質問されても、全く明確に答えられず目を逸らす首脳陣。『はい…』と返事するだけで固まったまま、という光景を何度も見た。これが日本の原子力のトップ達の姿か、と戦慄した」…「それが、3・11当日の総理執務室の現実。確かに、こういう張り詰めた時の菅さんの口調は、慣れていない者を委縮させる。しかし、『だって怖かったんだもん…』という幼稚園のような言い訳が、国家の危機の最中に通用していいのか?」(一部略)――


   崖っぷちの日本の命運がかかっていたその時…。


ムートンブーツ

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