2012年05月11日号

都会の朝を思い出せば


昭和48年東京日本橋。早朝のビル街に初夏の日の光が斜めに差し込んでいる。微睡(まどろ)みを残しながらも街が少しずつ動き出す時間。表通りに連なるビルの隙間を埋めるように、商店や飲食店が並ぶ路地裏の、暗がりにまだ夜の青みが漂う中を縫うようにして、牛乳配達だの新聞配達だのの自転車が走り回る。田舎から上京したばかりの散歩人は、荷台と前カゴに新聞の束を積まされて、まだ慣れない新聞配達に悪戦苦闘していた。


   突然、女の声がした。「父さ~ん、ホレホレ」。振り向くと、通りの向かい側のゴミステーションに女が立ち上がって、手に靴を持ってそれを振っている。…と、こちら側の歩道にあるゴミステーションの陰から中年の男の顔が現れて「お~い」と応えたのだった。東京駅の八重洲口で段ボールに暮らすホームレスではないかと想像して胸が高鳴った。言葉に訛りがあったから、その中年の夫婦が、田舎から出稼ぎに出てそのまま帰れなくなった人たちかも知れないと思ったのである。


   昭和40年代の高度成長時代、散歩人の周りでは収穫を終えると出稼ぎに出るのが当たり前になっていた。飯場で妻が飯炊きをすればいい共稼ぎになると、夫婦で出る家もある。時には、都会にだまされて帰れなくなる話も聞いた。


   その光景に懐かしさを覚える一方で、勝手に想像する夫婦の境遇に、情け容赦のない現実の不安を思った。今でも、あの人たちはどうしたろう…と思い出す。


涼宮ハルヒ CD

トラックバックURL:

« 春の音 | TOP | 眼科検査新時代⑤緑内障は神経線維の早老病? »

[PR]SEO対策済みテンプレート