2012年05月18日号

死ぬことは…


松風が吹く満開の桜の花の下で、なぜか唐突に「死ぬのは、眠るのと同じなのだろうな」という感慨がわいた。西行法師の「願わくば桜の下にて春死なん…」などという歌が頭にあったわけでもない。永遠の眠りに入る刹那の風景が何の脈略もなくふわりという感じでだしぬけに頭に浮かんだのだった。日常の中のいつものありふれた所作の一つのように当たり前に迎える最後のとき…その有り様が見えた気がした。


   ごくごく自然に眠くなって眠るのと同じで、ほっと安らぐ気持ちだろう…と、そんな程度なのだが、確信に似た確かさだったから、妙に納得してしまった。後は、無理に命を絶ったりしたらきっとその執念だけが残って夢見が悪いだろうし、そんな夢をずっと見続けたら嫌だから自然にお迎えが来るまで待とう、浅ましい思いを残したらやはり夢見が悪かろうから、欲深いことは言わずに、よくまあ今まで生きて来たなあ、なんていつも思っているようにしよう…などと無邪気なことを考えていたら、何だか気持ちが明るくなって来るのだった。


   秋田県北の「きみまち阪」(能代市二ツ井町)は桜と紅葉の名所で、十和田湖から流れる米代川のほとりに、屏風のような大岩が切り立って、その峰々に根を這わせた松が枝をたらす山水図を見るような景勝地だ。春は幾多の桜の古木が花を咲かせる。連休のつかの間、その爛漫の桜の下に、子供の頃に遊んで以来、数十年ぶりに登った。


   昔むかしの懐かしい光景…。ひゅうひゅうと鳴る松風に、桜吹雪がザッと流れるその只中、忽然(こつぜん)とわいたその不思議な思いに、ちょっと戸惑ってしまった。


ムートンブーツ

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