2012年06月08日号

当然の敬意


「菅氏、事故対応は正当化」(読売新聞1面)「菅前首相弁明に終始」(同3面)…「東電批判と自己弁護」(毎日新聞3面)…「菅氏陳謝のち批判/理論武装 適切さ強調」(朝日新聞2面)――原発事故を検証する国会事故調での菅直人前首相の証言を伝える5月29日付け各紙朝刊を見て、人としての有りようを忘れた今の世の縮図を見せられたような気がした。


   崖っぷちに立たされたその時、震災・津波・原発事故3重の、前代未聞の緊急事態に陣頭指揮を執って立ち向かった前首相に対する、人としての敬意もねぎらいの心もない、むしろ犯罪者のように扱う風潮に悲しささえ覚えた。何も菅さんを上げ奉(たてまつ)るわけではない。少なくとも首相としての責務に真っ正面から対峙(じ)し、闘って最悪の事態を回避し得たその事実に、人として当然の敬意を払うべきだと思うのだ。


   3・11以降、マスコミや政権攻撃に血道を上げる政治家の菅前首相への姿勢は、ただただ非難と事実とかけ離れた中傷に終始して、悪意がこもった質の悪いアラ探しとあげ足取りが氾濫した。「菅氏独自の判断が混乱につながった」とある新聞は社説に書く…原発がどうなっているのか情報が上がってこない、東電も保安院も対策の進言すらできずただ怯(おびえ)えているだけの、そうした手探りの中で、とにかくできうる限りの可能な手を打つ。経験のない緊急事態に縮み上がって即応できない人々がいて、情報、指示伝達さまざまに混乱する。それを机の上でわかった風に「混乱」と非難する…むしろ現地に飛び東電本社に乗り込んで押さえたのは菅前首相だった。


   菅さんが怒鳴る、叱責されて萎縮した…国民の命と将来がかかる緊急時に、子供を相手にするようなそんな問題がさも重要であるかのように報じられる、おぼっちゃんおじょうちゃんが肩で風切る脆弱(ぜいじゃく)な国家。いざという時ものも言えずに固まってしまったエリートたち。机の上の理屈だけは優秀なこんな人々が、恐ろしいことに人に対する敬意まで失っている現状…。


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