2012年07月06日号

現実と自己イメージとの乖離


Tさんは80歳台半ばの女性。高血圧症や高コレステロール血症の持病があり、2ヶ月に1度定期的に受診する。診察室の椅子に座っての第一声は必ず「思うように歩けなくて…」である。彼女は杖などの歩行補助具も使っていないし、私の観察では、平衡感覚、姿勢や足取りなどもしっかりしている。「年齢よりもずっと若いですよ」と言っても「そうですか???」と納得してくれない。


   待合室にいる患者さんを診察室から出て迎えにいく理由は、患者さんの歩行状態を見たり、化粧や服装の具合を観察したりするためである。観察した様子に異変があれば、必ずカルテに記載する。化粧や服装の些細な変化が認知機能低下の徴候、歩行状態の異変がパーキンソン病の徴候であったり、関節痛の度合を判断したりする上で重要。


   生物にとって老化は避けられない。身体的な老化は、筋力や平衡感覚、瞬発力などの低下などに加え、視覚や聴力、嗅覚の劣化によって外界環境把握に時間を要するようになり、反応速度遅延を加速させる。だが、身体的老化に比して精神的老化の速度は鈍いため、頭の中の自己イメージは若い時のままで保持され、自己イメージと現実の身体的能力との乖離が拡大してしまう。


   Tさんに椅子からの立ち上がり、前屈や片足立ちなどをしてもらい、歩行時の姿勢や足運びなどを観察、血圧も126と74と申し分ない。「実年齢よりも10歳以上若いですよ」と言ったら、即座に「同じ年の友達はもっと元気」と。「でも、80歳半ばになったら、みんな年齢相応の身体の不調を抱えているよ。それを口に出すか、受け入れるかどうかだけど」と反論したら、「うん、まあそうね…これから友達と買い物をして食事なの」としぶしぶ納得した様子で診察室を出ていった。でも、次回もきっと「思うように歩けない」と言うだろうなあ…現実と自己イメージとの乖離の克服は実に難しい!


lecca CD

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