2012年11月23日号

生きる合い言葉


子供の頃から物事の飲み込みが悪くて、不器用だった。社会に出て仕事についても変わらなかったから、これは生来のものと、今はもうあきらめている。魚釣りに行けば、自分だけが釣れない。上手なヤツをいろいろ真似てはみるのだが、やっぱり釣れないから、「お前に釣られる魚なんていない」などとからかわれる。釣りでも何でも遊びが得意な子供がうらやましくてならなかった。


   やることがどこかトンチンカンだったような気がする。小学校2、3年生の時、隣村で運動会が催され、走るのが苦手なのにマラソンに出ることになった。変だなと気づいたのはスタートラインに並んだ時だった。みんなズック靴かゴム靴なのに、ひとりだけ足袋(たび)だったのだ。昔は運動会で足袋をはいた。そのつもりで用意したのだが、コースは砂利の一般道で、足袋で走ればどうなるか、ちょっと考えればわかるはずだった。あれっ?と思った時にはもうピストルが鳴った。痛いのを我慢してそろりそろりと…走った。さんざんな思いをして辿り着いたら、戸惑いを含んだ拍手に迎えられた。前の選手より何十分も遅れてビリでゴールしたのだった。表彰式で名前を呼ばれた。努力特別賞とかで、大きな模型飛行機を貰った。死ぬほど恥ずかしかった…。


   小学5年生の時の野球大会だった。近眼なのにセンターを守れと言う。外野フェンスもない運動場だった。タマが来るなと祈っていたのに、薄情にもこっちに向かってパコンと打ったのがいる。一応、オーライオーライと上がったボールを追った…つもりだった。ところが、その黒い点はいつまでたっても落ちて来ない。アイツはどこへ走って行くのかと、みんなあっけにとられて見ていたそうだ。ボールと思って追いかけていたのは、はるか頭上を飛ぶトンボだった…。


   カンが悪いのか、アタマが悪いのか…ようやく要領を得て身に付くのに人の倍かかる。無理をすればずっこける。仕方がないから途中で開き直った。「ひとつひとつ一歩一歩」…それを生きる合い言葉にしてから、何だか楽になった気がする。


ICレコーダー サンヨー

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