2012年12月07日号

「生活」と「運」と


食い詰めて入った川崎のキャバレーで、女性の配置などをする仕事についた。高度成長の余韻がまだ残る街は、ジングルベルが鳴り響く頃が書き入れ時を迎える。忙しくなる前にと、熱海に慰安旅行が行われ、その幹事を言い付けられた。


   夜の宴会の後、ホステスの1人が暴れていると呼び出された。入店したばかりの、少し知恵が遅れた感じがある若い子が、数人のホステスに両手両足を大の字に押さえられている。焦点の合わない目をぬめぬめと光らせて、何か口走りながらのたうつ異様な光景にたじろいだ。赤い口紅と、浴衣がほどけてあらわになったシルクの真っ赤な下着が鮮烈だった。誰と喧嘩したわけでもなく、いきなりものを投げたりし出したと言う。掛け布団で簀巻(すまき)のようにして、落ち着くのを待った。古参のホステスがやさしく問いかけ、そのうち「あんた男が欲しかったの?」…こくんと頷(うなづ)いたから、あっけにとられた。「赤い下着はそれなのよ」と説明され、まだ何も知らないハタチ前の若造は、そういうものかと思うしかなかった。


   朝になって支配人に、「これから川崎まで連れて帰れ」と否応もなく電車賃を渡された。前夜の狂乱を見ているから不安だった。熱海駅でソフトクリームが食べたいと言い出した。赤い口紅が溶けてあちこちにはみ出すのを見て、気がふさいだ。川崎に着いたが、家まで送るのに気後れした。「ひとりで帰れるか?」と聞いたら「うん」と頷いたから駅で別れた。何日かたって、店を休んでいたその子が事件を起こしたと知らされた。悪い男がついていて、薬もやらされ、男を刺したかして新聞ダネにもなったのだが、詳しいことがどうしても思い出せない。


   店の女性たちは、日々の「生活」と「運」とを向こうに回して格闘していた。その女性たちの顔だけは、今でもありありと思い出せるのだ。


インテリア・寝具・収納

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