2013年03月08日号

浅薄な世の中


秋田県北の村々には、「鍾馗(しょうき)様」と呼ばれる守り神が、集落の端と端の出入り口に安置されている。散歩人が生まれ育った部落の隣村、小掛(こがけ)という集落の村はずれにも鍾馗様はいて、学校に通う子供たちの道行きをいつも見守っていた。鍾馗様は、疫病神を追い払い、魔を除くと神格化された唐の国の役人で、気は優しいけれども髭面で厳(いかつ)い人相だったという。それが、村境などに安置されて村や人々を守る「道祖神(どうそしん)」として祭られた。


   木を彫って朱色に塗られた四角い顔は目がらんらんと光り、上半身は杉の葉でおおわれ、下半身は木肌をくるくると薄く削ったのを腰蓑(こしみの)にして、木の刀を帯びていた記憶がある。その腰蓑から朱色の棒状のものが正面に突き出していて、通る度に気になって仕方がなかった。もう一方の鍾馗様は女性だそうで、それはない。罰が当たりそうで、腰蓑をかき分けてまで確かめる勇気はなかったが、村祭りで男女の鍾馗様を合体させる神事があるのだという。


   子供たちはそんな守り神のたもとで遊び、学校に通った。年頃になるとチラチラと興味を示しながら通り過ぎる。知らぬ間に、何かに気づきながら少しずつ大人になって行く…。その男の方の鍾馗様の象徴が、いつの頃からか隠されるようになったという。


   浅い考えで本当は大切なものをなくしてしまう…浅薄な世の中になってしまった気がする。


あせも対策

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