2013年06月14日号

坂村真民さんの詩


帰省した折りに数十年ぶりに立ち寄った母校(秋田県能代高校)は、今は他所へ移転して、丘の上にあった木造の校舎は、校門までのプラタナスの並木とぐるりの松と桜の老木を残して取り壊され、こぎれいな市の図書館に変わっていたのだが、懐かしさにまかせて入ったその図書館に、毛筆の一編の詩が額に掲(かか)げられていて、妙に惹(ひ)きつけられた…。


   《いろいろありぬ/いろいろありぬ/今日よりは悲しみも苦しみも/まろめてまろめて/ころころところがさん/さらさらと落ちゆく/いもの葉の露のごとくに/仏教詩人坂村真民》――この詩に感銘を受けた女性が得意の筆をふるって寄贈したものらしい。ああ、あっさりといさぎよくて、いい詩だなと思った。


   坂村真民(さかむらしんみん)さんは愛媛の人で、数多くの詩作品を残し、その詩碑が全国各地に建てられているという。2006年に97歳で亡くなった。額の詩を探してみたら、その真民さんに…《いろいろのことありぬ/いろいろのめにあいぬ/これからもまた/いろいろのことあらん/いろいろのめにあわん/されどきょうよりは/かなしみも/くるしみも/きよめまろめて…以下略》という「つゆのごとくに」と題された詩があった。省略した後半部分はほぼ同じなのだが、額の詩文とは違いがある。異なる表現にした類似の詩かも知れない。どちらも味わいがあって、好きな詩になった。


   教科書でも紹介された「尊いのは足の裏である」《尊いのは/頭でなく/手でなく/足の裏である/一生人に知られず/一生きたない処と接し/黙々として/その努めを果してゆく/足の裏が教えるもの…》や、「ねがい」《風の行方を/問うなかれ/散りゆく花を/追うなかれ/すべては/さらさら/流れゆく/川のごとくに/あらんかな》、「花」《花には/散ったあとの/悲しみはない/ただ一途に咲いた/喜びだけが残るのだ》――などという詩もある。


   踏まれても枯れない強さと明るさを持ち、やがて柔らかな綿毛となって風に乗るタンポポに惹かれて、「タンポポ堂」とも称した。


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