2013年08月09日号

限界集落、だなんて…


盆にかけては稲の花が咲く大切な時季だから、祈るような気持ちで天気予報を見てしまう。出穂(しゅっすい)期を迎えると、濃い緑の稲葉に黄緑の稲穂が出始め、籾(もみ)の1つひとつが割れて花となる。天候に恵まれうまく開いて受粉できれば、その1粒1粒が実を結んで米になる。8月7日「立秋」。日差しが少し傾いて、秋の風がそよぎ出す。


   夏の1日は朝6時半のラジオ体操から始まった。終戦後十数年。10戸だけの集落に、20人近くの子供たちがいたと思う。村の外れの集会場に隣り合わせて、小さな広場と木を組んで金網を張ったバックネットを大人たちが総出で作ってくれた。そこに集まるのだった。朝飯を掻(か)っ込んだら、竹の先に針金を輪にしてくくりつけ、軒先のクモの巣を輪の中が網目になるように巻き取って歩く。クモの巣は横糸が粘るから、竹の先の輪を木の幹に止まっているセミにパタリとかぶせると簡単に捕れた。暑くなる昼頃に泳ぎに行く。小川をせき止めて田に水を入れる、そこを広く掘って泳げるようにしたのも大人たちだった。帰りには茱萸(ぐみ)や桑の実をほおばった。晩飯を食べる頃、稲田の中にホタルの淡い光が舞い始める…。


   貧しい中、村の大人たちは子らのために力を合わせて何でも作り上げて来た。ごつごつしたその手に包まれて、無心に戯れる季節季節の子供たちの姿があった。まさか、何百年も世代を重ねたその地で食えなくなるとは誰も思わなかった。まさか限界集落の烙印を押されようとは想像もしなかった。時代が進んで豊かになるはずなのに…まさか。その土地その土地で普通の人が普通に暮らして行くことができなくなるとは…。


水素水

トラックバックURL:

« 失せ物、顛末記 | TOP | 視野(見える範囲)③目から脳への伝達路 »

[PR]SEO対策済みテンプレート