2013年08月30日号

藤圭子さん


歌手の藤圭子さんが亡くなったと聞いて、胸の奥底にずんと響くようなショックを覚えた。8月22日朝にマンションの13階から飛び降りたらしいと、繰り返しニュースは伝えた。若い世代の人たちには、国際的な人気を集めるシンガーソングライター・宇多田ヒカルさんの母親として知られているのだろうが、団塊の世代にとっての藤圭子という存在は、生きる意味を模索して社会の有り様と向き合っていた時代の記憶として、心に刻まれている気がする。


   1969(昭和44)年のデビュー曲「新宿の女」、翌年の「圭子の夢は夜ひらく」「女のブルース」「命預けます」…作家の五木寛之がその歌に衝撃を受けて「怨歌(えんか)」と評した。貧しい中、多くの人々がどうしようもない宿命を背負いながら生きていた時代だった。


   浪曲師の父と三味線を弾く盲目の母とともに道内を旅回りしながら、旭川で小中学校時代を過ごしたという。成績優秀だったものの、高校進学は断念。17歳の時に「さっぽろ雪まつり」のステージで歌い、レコード会社の目にとまって人気歌手への道が開けたといわれる。しかし、なぜかデビュー10年後に引退、曲折の半生を送る…。娘さえもがとてつもない成功をおさめたのに、なお、人知れず悩み苦しむ事情があったのだろう。


   目をギラつかせた若い頃、いつも口ずさんでいた~♪どう咲きゃいいのさ この私…という歌の一節が頭をよぎった…。


あせも対策

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