2013年09月20日号

十五夜、お彼岸…


昔の秋田・山形…出羽(でわ)の国に伝わる昔話をひとつ。


   ――旅の武士が、道中で日が暮れ、やっと一軒の山家にたどり着いて宿を頼んだ。家には老夫婦が住んでいて、快く迎えてくれた。老夫婦は突然の訪問者を粥(かゆ)などでもてなし、次の間に寝床を用意した。旅の疲れと安どでぐっすり眠ったようだった。夜半、板戸の向こうにひそひそと話をする気配がして、武士は目を覚ました。


   押し殺した爺さまの声が「…半殺しがいいべがな、手打ちがいいべがな」。確かにそう聞こえた。「おさむらいだがら、半殺し…」。婆さまの声だ。武士はぞくりとした。「とんだところに泊まった。うわさに聞く鬼かもしれない」。枕元の大刀を取って胸に抱き、神経を張り巡らせて眠れずにいたが、不覚にもうとうとした。戸の向こうで何事かごとごと音がする。「しまった」と思って飛び起きた。「半殺しの支度できたべが…」と爺さまの声がした。武士は覚悟を決め、刀を取り戸を開けた…。


   「おや、おさむらいさん、もう起きだか」。すり鉢を手にした婆さまが、「何んもねども、半ごろしでもこさえるがら、まだ休んでてたもれ(ください)」と、にこやかに言うのへ、「半ごろしとは…」と問うと、「ぼた餅だ。手打ちがいいがとも思ったども、包んで持だせでやれるし…」。「手打ちとは?」とまた問えば、「蕎麦(そば)切りのことだべし」。あわて者の武士はその場にへなへなと座り込んでしまった…とさ(原話「日本の民話2出羽編」(未来社)より)――。


   似た民話は全国各地に伝わっていて、古典落語にもあるそうだ(「半殺し本殺し」)。米粒が残る程度に軽くつく手法を半ごろしと言い、あんをまぶした「ぼた餅(おはぎ)」は、散歩人の故郷の秋田では「めし餅」と呼んだが、ぼた餅そのものを「半ごろし」と呼ぶ土地もあるのだという。半ごろしに対して餅のように粒を残さずつくのを“皆ごろし”“本ごろし”と言う土地もあるのだとか。あわて者の武士じゃないけれど、言葉だけ聞くと、ちょっと怖い。


   9月19日は十五夜。20日は秋の彼岸入り。23日の彼岸中日が、お日様が真東から上り昼と夜の長さが同じになる二十四節気の「秋分の日」。そして、26日が彼岸明け。秋はいよいよ深まっていく…。


消臭 飲むだけ

トラックバックURL:

« 視野の異常 中心が見えない | TOP | 祝!東京オリンピック »

[PR]SEO対策済みテンプレート