2013年10月18日号

マギー司郎さん


 黄色い燕尾服、茨城弁のコミカルなおしゃべり…控えめなおとぼけで人気のマジシャン・マギー司郎さんが生い立ちなどを綴(つづ)ったエッセイに出会って、身にしみるような思いで読んだ(産業雇用安定センター広報誌「かけはし」10月号)…。


 マギーさんのお父さんは、運がなかったのか朝から晩まで一所懸命働いても上手くいかず、子供が9人いて「もう貧乏の最果て!」。捨てられたリンゴの芯を川で洗って食べたこともあった。「それでも『お父ちゃんは、偉いんだよ』と、ず~っと母は言っていた」。


 小学校1年生の時、全員が給食用のアルミのコップを買うことになった。そのお金がない。結局、お父さんがどこからか手に入れてきた。みんなとは形も大きさも違う。それでも一つだけいいことがあった。マギーさんのだけは底に書いた名前を探さなくともすぐにわかる。「それを両親に話した時のことは今でも忘れない。父は『みんなと違って良かったじゃないか』と。母は『みんなと同じである必要はないんだよ』と。三人で笑った」。


 プロの手品師になったが下積みが続く。10数年…ストリップ劇場のステージに2万回は立っていた。「ボクは手先が器用じゃないし、他のマジシャンのように華麗さもない。そうだ、あの時のアルミのコップと同じだよ!自分だけのマジックでいいんだよ!ボクはようやく出発点にたどり着いた気がした」。


 …マギーさんは「おしゃべりマジック」で歩き出した。


クールジェル

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