2013年10月25日号

秋の夕暮れ


 秋も深くなってきて心に浮かぶ情景は、あかね色の夕空とカラスの鳴き声と、山寺の鐘の音ともはや葉が落ちた裸木に残る赤い柿の実だったりする。絵本やわらべ歌や映像などからの記憶が混じって、多分にイメージ化された“日本の秋”の心象風景なのだろう。柿の木は北海道の日常風景にはなじみがないし、山寺の鐘なども遠い昔の景色だけど、やっぱり秋が深まってくると、ちょっと寂しげなそんな情景が懐かしく、何だか胸をキュンと締めつける。


 …で、秋の夕暮れに結びつく散歩人のイメージには、良寛さん(江戸時代後期)や一休さん(室町時代中期)という昔々のお坊さんもいる。どちらも「さん」づけで呼んでしまう、何とも言えない親しみがあるのが面白い。その良寛さんに「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」という辞世の句が伝わっていて、人の親が世を去る前に、子にわが身と人の世の裏と表、本当の姿を見せて教えて死にゆく…そう一人合点して感銘を受けて以来、平易で覚えやすいものだから、忘れられないものになっている。


 良寛さんの辞世とされるものはほかにもあって、「散る桜 残る桜も 散る桜」というのもよく知られているが、親しい人々の記録には残っておらず、不明な点が多いそうだ。もうひとつ、病気が重くなってから詠(よ)んだ「形見とて 何かのこさむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉」という歌は、実弟(山本由之=よしゆき=)の日記「八重菊」にもあり、辞世の歌に近いものともいわれている。曹洞宗の開祖・道元禅師(鎌倉時代初め)の有名な歌に「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷(すず)しかりけり」があって、それを引いたものかも知れない。


 一休さんも秋の夕暮れの風景によく似合うのは、良寛さんも一休さんも権威を嫌い、人々の悲しみ苦しみ寂しさの中に一緒に生きて慕われた、そんな人間性が心底に共通しているためのような気がする。一休さんには森女(しんにょ)という盲目の女性があらわれて、晩年の幾年かを共に過ごして恋情を交えた。良寛さんにはやはり晩年の数年間、貞心尼という尼僧が心を通わせた。辞世とされる「…もみぢ」の句は、亡くなる数日前に枕辺の貞心尼の歌に返したものだという。


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