2014年01月17日号

寒の頃


 隣村まで約3kmの山道である。村はずれからの峠道は、後に拡幅されるまで、馬車も馬そりも通れないような細い山道だった。大雪の早朝、大人たちが村中総出で、子供たちが登校する道を開けてくれたのを覚えている。藁沓(わらぐつ)の人もいればゴム長をはいた人もいる。竹や蔦(つた)を曲げたカンジキをはいて雪踏みをするのである。雪を踏み固めたその道を、行き会う大人たちの姿と声掛けに安心して学校へ向かった。吹雪けば命がけにもなる山道の雪踏みは、村に出入りする人々の大切な1本道にもなるのだった。


 東北の山奥の小さな集落のその山道も、今は舗装されて除雪車も入るようになった。3kmの峠道は、車でものの5分とかからなくなった。世の中は半世紀でこれほどに便利になったのだが、一方で、人々は山間の生活の貧しさと過酷さに村を捨てざるを得ず、肩を寄せ合って少なくとも数百年をひっそりと、けれども脈々と生き抜いてきた山の集落は、皮肉なことに、夢のように“便利で”“豊かな(?)”世の中になって、跡継ぎのいない限界集落の運命をたどることになった…。


 1月5日が二十四節気の「小寒」。寒の季節に入って、15日後の1月20日には「大寒」を迎える。寒さが最も厳しい真冬…。暦通りの大雪と冷え込みに見舞われている。とはいえ、この季節、雪の晩の朝は木々に雪花が咲き、しばれた晩の朝は樹氷が咲く。そんな日の晴れた朝は、木々の枝という枝を白く飾って雪や氷の花が青空に映え輝く光景が広がる。心が晴れ晴れとして、北国に生きる喜びさえも感じてしまうほどの自然からの贈り物だ。


 浮き草のようにばらばらに心細く漂う現代の人々の心と暮らし…。“便利さ”“豊かさ”との引き換えに失ってしまった、何か大切なものがあるのかも知れない。自然の厳しさ・冷酷さに真正面から向き合う時、人々は肩を寄せ合い、心を通わせあって、過酷な運命を受け止めてきたように思う。吹雪の翌朝の、冬木立に輝く雪花の美しさに有頂天になりながら、ふとそんなことを考えた。


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