2014年03月14日号

許せない言葉


 2011年3月11日、東日本大震災。大地震、巨大津波、大規模火災、そして原発事故…その被害が広がる渦中、どうしても許せない発言があった。忘れてはいけないと思うから、もう一度触れておく(2011年3月25日号散歩道で既報)。東京都知事(当時)の石原慎太郎氏が3月14日の記者会見で発言した。概略は「日本人のアイデンティティー(自分の存在・あり方の拠り所となる立脚点=散歩人注)は我欲になっちゃった。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のアカをね。これはやっぱり天罰だと思う」――(多くの非難を浴び翌日「天罰」発言を撤回して謝罪)。


 何十万人という人々が血を吐く苦しみにあえいでいるさ中にあって、まともな人間なら、“天罰だ”とは口に出すどころか思いもしないに違いない。人々に寄り添い守るべき立場にありながら、自らを高みに置いて他人事(ひとごと)のように苦しむ人々を見下ろし、冷笑・愚弄(ぐろう)する、まるで根拠のない無責任な発言。こういう心根の人が今もこの国の政治の中枢にある。


 日本がどんどんおかしくなっている…と、そう心配している人が周りに少なくない。明治43年から日本は韓国を植民地化し、経済・生活・文化…あらゆる面で隷属を強いた。昭和12年から日中戦争が始まって、それが連合国軍との太平洋戦争にまで広がり、昭和20年8月まで日本の侵略戦争は続いた。海外と日本の兵士・民間人の多くの命がこの戦争で犠牲にされ、そして敗戦した。敗戦国・日本のこれが世界的な共通認識の下の歴史なのだろう。その敗戦国を何とか豊かで平和な国にしようと、歴代内閣は事あるごとに「反省」を表明し、理解を広めてきた。ところが安倍晋三という現総理大臣が政権についてからは、歴代政権の見解を引き継ぐと言いながら、まるでそっぽを向きながら口先だけで謝っている、子供のような傲慢さがあからさまなのだ。被害を与えた日本が、いさぎよさを美徳とするはずの日本が姑息な開き直りを繰り返している…その様を見ていて、どうにも恥ずかしい思いをしてしまうのは散歩人だけなのだろうか。「変なのは日本だ」と、世界の視線がどんどん冷えていく気がする。と同時に、何とかこの国を立て直そうと世界の国々に頭を下げ続け、奇跡的な繁栄を実現してきた先人の努力が、何だか踏みにじられているような気がして仕方がないのだ。


 思えば石原という人からも安倍という人からも、「国家・国益」という扇動的な勇ましい言葉は聞くけれど、「国民」とか「幸福」という言葉はあまり聞かない気がする。


レッドクリフ CD

トラックバックURL:

« サラリーマン川柳 | TOP | 目がごろごろ、痛かゆーい »

[PR]SEO対策済みテンプレート