2014年03月28日号

父とカツ丼


 父親と一緒に海辺の町に出かけたことがあった。中学2年の時だった。雨が降って農作業ができない、おそらく日曜日のことだったろう、何を思ったのか、突然父親に誘われたのだった。道すがら、男親と思春期の息子の間に、会話はあまりなかったと思う。一時間ほどの山道を下り、汽車に乗って海辺の町の駅に着いた頃、ちょうど昼時分になっていた。


 町の食堂のガラスケースの前で、「好きなの選べ」と言われた。今で言う外食の経験はほとんどない。戸惑いながら、この頃は高級だったカツ丼というものを頼んで、しゃれたテーブルクロスのかかった椅子の席に座った。しばらくして運ばれて来たのを見て、父親が抗議した。「これはカツ丼ではない」。丼の中には卵でとじた肉とその上にグリーンピースが数粒、鮮やかな緑でのっていた。ガラスケースの中のサンプルとは見た目が違う。トンカツというものに縁がなかったから、それがカツ丼というものなのかどうなのかを知らない息子は、ただきょとんとしていた。その傍(かたわ)らで、父は驚くような剣幕で抗議したのだった。「これでいいから」と父親を止めたのを覚えている。すまなそうな目の父の前で、おそらく親子丼だったろうその丼物を黙って食べた。


 前後のことはまるで覚えていない。ただその時初めて本を買ってもらったことと、この「カツ丼騒動」の情景だけは記憶に残っている。父親にとって息子と一緒の「特別の日」だったのかも知れない。息子が選んだカツ丼をどうしても食わせたかったのだろう。あの食堂での剣幕は、父親なりの大切な思いだったのだろうと、この年になって結構熱く胸によみがえるのである。


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