2014年04月11日号

春の夢


 小さい頃はとりとめのない夢想ばかりしていた気がする。暖かな春の日差しの、その陽だまりの中で、忙しく動き回る蟻なんかに話しかけながら、幼い頭の中に夢想の世界は果てしなく広がって、時おり独り言や変な声なんかも出すものだから、周りにいる大人たちを驚かせたりおかしな目で見られたりもした。そんな風に夢想した中に、ずうっと心に残ってきた空想がある。


 この宇宙の外はどうなっているんだろう、じゃあそのまた外は、そのまたまた外はと、宇宙の果てのことを考えるといつも頭が痛くなってしまうのだったが、何かの拍子に指に血が出たのを見て、「ああ、この血の中にも宇宙があって同じような世界があるんじゃないか」と、ふと思いついて、「じゃあ、この宇宙の外にはもっと大きな世界があって、その世界に住む人間の血の一滴の中にこの世界があるのかも知れない。そのまた外の…」という新たな空想が広がったのだった。もしかしたら、足もとの土くれの1つ1つにも、髪の毛の先っぽの細胞にも、無数に存在する宇宙…。まるで子供じみた夢想かも知れないのだが、実は、初老といわれるこの年になっても、「もしかしたら…」とまだどこかで思っている…。


 季節の移り変わりを表す二十四節気(にじゅうしせっき)でいう「清明(せいめい)」は、「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」(江戸時代の解説書「暦便覧」)とあって、“清浄明潔”の略だといわれる。今年は4月5日に清明を迎えた。草木の花が咲き始める。出てきた芽で何の草かもわかる。すべてが生き生きとして、清清しく明るい“気”があふれる。新しい命が芽吹き、天地に清明の力がみなぎり始める。ちょうど今はそんな青春の季節。


 柔らかな母の腕に抱かれるような春の陽だまりの中に、時おり幼ない日々の情景がよみがえる。芽生える新しい生命の葉や茎や根にも無数の宇宙が広がっている…いまだにそんな夢想をするのである。


キッズ・ベビー・マタニティ

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