2014年06月27日号

観ないから勝って!?


 日本時間朝7時キックオフ。居間から「ワー!!」とか「キャー!!」という家人の叫声が、狭い家に響いた。ワールドカップブラジル大会1次リーグの第2試合、日本対ギリシャの試合が始まっている。コートジボワールに敗れた日本、コロンビアに負けたギリシャ、決勝リーグに進むためには、どちらも勝ちたい崖っぷちの闘いだ。こちらはまだ布団の中で、横になっている…。


 「オレが応援すれば負ける。今までそうだったからテレビは見ない」。前の晩に「朝起きて応援しないのか」と聞かれて、そう“宣言”しておいたのだった。関わったり応援したりするとなぜか負けてしまう。野球でもサッカーでもそういう思い出が多い。最初は小学5年の頃の記憶にさかのぼる。野球の試合に出た時、近眼なのに外野を守らせられて、大きなフライを追いかけるうちに、ボールの黒い点がいつの間にか秋空を飛ぶトンボにすり変わって、それを懸命に追いかけて行った思い出。外野フェンスなんてない広い運動場だったから、「オーライオーライ」と叫びながらあらぬ方向へどこまでも走って行くのを、チームメイトも先生も「どこへ行くんだろう」とあっけにとられて見ていたらしい。当然試合は負けたのだが、自分が関われば負けるという意識はこの頃から芽生え、中学校ではブラスバンドに入って、野球の応援演奏がもっぱらだったから、かわいそうに我が中学の野球部が勝った記憶がない。


 それからも、応援に行けば負け、テレビで応援すれば負け、“雨男”ではないのだが、“負け男”なのだというおかしな自覚が、そのうち出て来た。テレビを見なければ、いつの間にか勝っていることも多くて、応援すれば負けるというジンクスがどこかにある。だから、日本ハムでもサッカーでもオリンピックでも、ここぞという時はテレビを見るのが怖い…。


 布団の中で、家人の叫びとテレビの音を聞きながら、じっとしていた。見なければ、きっと勝つ。そのうちギリシャの選手がレッドカードで退場し、しめたと思った。「起きて見なさいよ」。家人の声に、我慢しきれず後半戦から見始めた。負けないことを祈った。…で、0対0の引き分け。「半分見ただけだったから、負けなかったけれど勝てなかった」。その話をスタッフにしたら、「ウチの家内も応援すれば負けるからと、テレビを見ないんですよ」と言う。そんな人がほかにもいたのだ。
 コロンビア戦のテレビはゼッタイ見ない。だから、きっと勝って、決勝リーグに進む…かも知れない。


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