2014年09月12日号

金子快之市議のことば


 北海道の名付け親として知られる松浦武四郎は、幕末にかけて樺太や道内をくまなく歩き、それを報告する多くのルポルタージュを著(あらわ)した人でもある。その一つに自らが出会ったアイヌの人々の話とその生活、人となりを紹介する「近世蝦夷人物誌」がある。高い精神性を持って道徳に秀でているアイヌの人々(同序文)に対し、和人が行った虐待、酷使、掠奪(りゃくだつ)、婦女への凌辱などの非道に心を痛めて事実を記録し告発したルポでもあるのだが、その最後の章に、原稿を書き終えた時に見た夢の中で、函館の料亭で商人やその配下が役人を接待している場面を目撃する逸話がある。


 御馳走が並べられ、歓楽を尽くすその時に――見れば大皿に盛られた刺身は鮮血したたる人肉、浸し物はアイヌの臓腑、うまそうな肉は人の肋骨、盃に満ちているのは、みな生血ではないか。二目とみられぬそのありさまに周囲の襖を見ると、描かれた聖賢の画像はアイヌの亡霊と変わって、ああ、うらめしや、うらめしやと訴える声に、思わず目をさました。(中略)このアイヌたちの恨みの声を、私だけでなく各界有識者の方々に知っていただきたいとの願いによって、(中略)このように記しおえたのである《更科源蔵・吉田豊訳「アイヌ人物誌」より》。


 明治以降になっても和人による基本的な掠奪・差別の構造は変わらない。文化・言語の剥奪(はくだつ)に加え、狩猟・漁労が中心のアイヌ民族にもともと土地所有観念がないのをいいことに、土地を国有化し和人への払い下げを進める一方、役人と商人が結託してアイヌをだまし土地を奪ったり、残酷な差別行為が当たり前のように続いた。ある意味、北海道開拓と称するものは、アイヌ民族の甚大な犠牲の上に成り立つという残虐な側面をあわせ持つ。その悲惨な歴史の記憶は、当事者の子や孫にとってまだまだ生々しい。アイヌの人々はそうした悲しい記憶と現実の中で、ほとんどが素性を表に出せずに、ひっそりと暮らしている。


 金子快之(やすゆき)札幌市議会議員(自民党、東区)が、「アイヌ民族なんて、いまはもういない…」などとインターネットのツイッターに書き込んで物議を醸(かも)している。非道な仕打ちに苦しめられてきたアイヌの人々に対する、わずかな施策の一つである低利融資などが不公平だと言いたくてアイヌの存在を否定しているらしい。議員として歴史的な背景を熟知しての発言であるとすれば、その冷酷で暴慢な心根は、武四郎の夢の中に出てくる和人と重なってくる…。


リズム天国ゴールド

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