2014年09月19日号

神田の引き出物


 A子さんは92歳の女性、10年前にグループホームに入居した。札幌市内にある今も続く老舗豆腐店の娘に生まれ、若い頃は当時花形だった札幌三越百貨店のネクタイ売り場の看板娘だった。少し前までは、他の入居者の衣服の選択に、なかなかのセンスを発揮していた。


 A子さんには特技がある。自分に都合の良いことは聞こえるが、都合が悪くて聞きたくないことは聞こえないのだ。往診のときに「ちゃんとリハビリをしているかい?」と尋ねると、「あんた、O商店(豆腐屋)を知ってる?皆は元気だよ」と。「食事は美味しく食べているかい?」と尋ねると、「ここの食事は美味しいね、良く眠って元気!」との答え。いつも鼻歌を口ずさんでいるが、正確に聞き取ることのできたスタッフはいない。わたしも「…ので」という以外は聞き取れない。最近、嚥下が悪くむせ込みが気になっていた。


 高齢者は飲み込みがスムースにいかず、むせ込みが多くなって誤嚥性肺炎のリスクが増してくる。嚥下は口唇や咽喉部、舌などが連動する複雑な機能で、加齢によって連動のタイミングがズレ、誤嚥が起こるようになる。こうした誤嚥を防ぐリハビリ体操として「パンダの宝物」という発語訓練が推奨されている。一音声ごとにゆっくりと発声することにより、嚥下に用いられる舌や軟口蓋、口輪筋や頬筋のストレッチや運動の訓練になるとのことだ。


 このリハビリ体操を研修で知ったスタッフがA子さんにも試してみることにした。食事の前に、耳元で「ぱんだのたからもの」とゆっくり発声し、繰り返すように何度か促したところ、最初に口から出たのは、「神田の引き出物」…周囲にいたスタッフが大笑いした。A子さんは少々傷ついたらしく、すぐに「アイヌの宝物」と。何度か繰り返しているうちに、正確に「パンダの宝物」と言えるようになり、心なしか嚥下も良くなったように思う!


ダイエットクッキー

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