2014年10月10日号

晩秋の記憶


「急に風が冷たくなったね」と、そんな話を交わしたのは9月26日の深夜、残業を終えて外に出た時だった。早霜の恐れもあったためだろうか、冷たい風に燻煙(くんえん)の臭いもかすかにまじって、何だか懐かしい思いがした。以前、霜害予防のために稲藁(いなわら)などを燃やすという話を聞いたことがあって、田園地帯にその煙が立ち込める景色なども見られた。煙が交通障害になると騒がれた記憶もあるが、今はどうなのだろう。


 昔、稲藁は縄や米俵(こめだわら)や蓆(むしろ)や、藁沓(わらぐつ)や敷布団や…そのほか生活道具に必需の材料だったから、あまり焼くことはなかった気がする。脱穀した後の藁は積んでおいて、使う分だけ小束で取り出し、木づち(横づち)でトントン打っては柔らかくしながら外皮などを除いて芯だけ取り出す。その芯がワラシベ(スベ)で、それで縄を綯(な)ったり俵なんかを編んだりした。縄を綯うのはすべての藁細工の基本で、足の指に縄の端をはさみ、次々と新しい藁を継ぎ足しながら両手の平でより合わせていくのである。大人たちの器用な手つきを、子供たちは憧憬のまなざしで見つめた。このシベを布団皮の中に綿の代わりに入れたのが「シベ布団」で、それを敷布団にした。


 秋が深まって霜が降りる頃になると、収穫作業が一段落した農村では、豆がらなどのくずを燃やして収穫後の畑を片付けたり、脱穀して出た籾殻(もみがら)を燻(いぶ)して炭化し土壌改良や肥料に使う燻炭(くんたん)を作るのに、方々から盛んに煙が立ち上って、村中が煙に包まれてしまうのだった。薄青に立ち上り村をおおう煙とその臭いが、晩秋の懐かしい記憶となって残っている。


 子供の頃の秋の風景はいろいろあるはずなのに、不思議なことに、晩秋の記憶として多く残っているのは、決まって夕暮れの頃の少し寂しげな情景だったりする。家々に灯りがともる頃の、誰かの呼ぶ声が聞こえてきそうな、ふいに涙が出そうになるような、深い青色の中に暮れていく、そんな記憶…。


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