2014年11月07日号

遠野物語


 ザシキワラシやカッパ、神隠しなど、岩手県遠野の100を超える民間伝承を聞き書きした本で、明治43年に出版された柳田国男の「遠野物語」に、120年ほど前の明治三陸大津波(明治29年6月15日)にまつわる話が出ている。東日本大震災の大津波で、現在の山田町田の浜というところで被災した家族の、実在の先祖の逸話だったことから、震災後さまざまな形で注目される話になった。


 ――福二という人が大津波で妻と子を失って1年ばかりたった夏の初めの月夜、便所に起きたところ、霧の中の渚を男女が2人近づいてくる。見ると女はまさしく亡くなったはずの妻。名を呼ぶと、振り返ってにこっと笑う。男はと見れば、福二が一緒になる前に、互いに心を通わせていたと聞いていた、やはり津波の犠牲になった同じ土地の男。今はこの人と夫婦になっていると言う。子供は可愛いくはないのかと言うと、女は少し顔の色を変えて泣いた。悲しく情なくなって足元を見ている間に、男女は足早にそこを立ち去り、山陰に見えなくなった。追いかけて見たが、ふと死んだ者だと気が付き、夜明けまで道中に立って考え、朝になって帰った――大体こういう話なのだが…。


 先日、テレビの番組(10月29日放送NHK「歴史秘話ヒストリア」)に、福二(実際には福治)の4代あとの子孫で、3年前の津波で母親と家を失った長根勝さんという人が出ていた。やはり1年ほどのちに母親と話を交わす夢を見て、ようやくその理不尽な運命に対する怒りが薄らいで母親の死を受け入れることができたという話を打ち明け、福二の場合も、幻とか幽霊の形で自分を納得させたのではないかと語っていた。さらに、亡くなった妻が昔の男と一緒にいることを望んだのも、実は福二自身ではないかと思うようになったという。「1人で逝かせるのはかわいそうだ…亡くなった者同士、あの世で何とか暮せよ…と、そういう気持ちの優しい人だった」(長根さん)のではないかと、奇しくも同じような過酷な運命に翻弄された先祖の心に思いをはせている。


 亡くなった妻があの世で違う男と夫婦となった姿を見せに来るという、遠野物語の99番目にあるこの話を初めて読んだ時には、実は少し違和感を感じた。ところが、長根さんが苦しみ抜いた上でたどり着いた、愛する者の本当の幸せを思う心と、その幸せを思う心から再び生きる力が生まれるという境地を知った時、何とも言えない感慨が湧いて胸がいっぱいになってしまった…。


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