2014年11月21日号

お釈迦様


 お釈迦様の話をするのは、仏教がどうのこうのという宗教の話ではない。実は、釈迦と称される人は、きわめて現実的で科学的な思索を重ね、現代になっても誰も否定できない「真理」と、苦しみから解放され幸せに生きるための「手順・方法」を見い出したとされ、これは“宗教”というよりは、ある意味、哲学ではないかと思うためだ。


 今から2500年ほど前に生きた釈迦(ゴータマ・シッタルダ)は、自分を神格化することを決して許さなかったといわれている。その教えも、無条件に信じろとは言わず、よく考えて納得して初めて理解できることだと諭(さと)したという。魂と身体は別かとか、死後の世界はあるかとか、そうしたものは、見たこともないのに論ずるだけ無駄だと、聞かれても答えなかったと伝わる。そんなことから、無神論者と断言する研究者もある。


 「アーマガ経」(中国語訳は阿含=あごん=経)という釈迦の生の声を伝えるとされる古い経典群が、スリランカなどに伝わっている。原始仏教などとも呼ばれて研究されているが、その経典の内容は明快で平易だ。――人はその生まれで決まるのではない、その行為で決まる…。1つとしてそれだけで独立して存在するものはない、すべてが影響し合って、その結果として存在している…。すべて常に変化していて、永遠のものはない…。人は、自分の思い通りにはならない、つらい「苦しみ」の中に生まれて生きて死ぬ、その苦しみをなくすることができれば楽になれる…。楽に幸せに生きるためには自分をよく見つめ「苦」の原因を知る、極端に走らない(中道)、世の中の真理(法)を知りそれに基づいて正しい生き方をする(八正道という=正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)…。欲をむさぼらず、怒りを抑え、世の中の本来の在り様(真理・法)を知る…などなど――その教えの基本は、宗教の別を越えて誰にでも理解できる内容だと感じる。少しでも幸せに、楽に生きていくための、ものの見方、知恵で満たされている。


 慈経という経が伝わっている。「小さいものも大きいものも、長いものも短いものも、生きとし生けるものが、幸せでありますように(大略)」……。


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