2015年01月01日号

「信頼」


 赤ん坊の時から、そばにはいつも「コチ」という名の飼い犬がいた。山の中の小さな農村。小学校に上がるまでは「コチ」と一緒に日がな一日そこら中を駆け回っていた。馬屋と連なる土間にいつもいて、決して床上に上がらなかったが、朝起きて土間に下りると、待ちかねたように飛びついてきて顔中をなめ回すのだった。「コチ」は番犬のつもりでもあったのかも知れない。普段はおとなしいのだが、見知らぬ客があったり、家の周りに異変があると吠えるのだった。誰彼となく吠えたりはしないから、賢い犬だと言われるたびに幼心にうれしかったのを覚えている。


 もう1匹、猫もいた。名はそのまま「ニャンコ」。犬の居場所は土間だが、猫は人とともに床上にいる。日が暮れると姿が見えなくなって、夕飯の終わる頃になると、ネズミをくわえて家族のいる居間に戻ってくるのだった。くわえたネズミを自慢気に床に置く。家の者はすかさず「けんなり、けんなり」とほめそやす。「けんなり」というのは、後で考えると「賢なり」のことではないかと思い当たるのだが、当時は昔から伝えられた呪文のように「けんなり」とほめると、「ニャンコ」は満足気に再びネズミをくわえ、人目のない物置の暗がりなどに行って食べ始めるのだった。


 犬も猫も、それなりに役割を果しながら、家族と一緒にゆうゆうと暮らしていた。そこにはお互いに危害を加えることがないという安心感と信頼感が、人と動物どちらにも同じようにあったように思う。


 理不尽な危害や苦しみを受けることもなく、普通の人が普通に働いて、普通の生活をして生きて行ける世界がどんなにかけがいのないものか、自分さえ良ければいいという欲に目がくらんだ者たちには、悲しいことに想像できないのかも知れない。「信頼」という言葉の重みを、今かみしめている。


 本年もまんまる新聞を、どうぞよろしくお願いします。

―スタッフ一同―


神戸スイーツ

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