2015年01月23日号

他人事ではなくて


 阪神・淡路大震災から20年も経ったという。最大地点で震度7を記録する都市直下型地震だった。巨大な炎を上げて燃えさかる街々、傾き崩れ落ちるビル、降り注ぐガラスや建材、あまりにあっけなく…横倒しになった高速道路――テレビ画面に映し出されて戦慄したあの惨状は、しかしいつの間にか脳裏から薄れてしまっていた。仕事の関係で、このほんの数年前まで長田区をはじめ神戸への出張があり、毎年数回は歩き回っていたなじみのある街々だったはずなのに、「何という薄情さだろうか」と、20年の節目の鎮魂の日はまた、おのれの冷酷さを突き付けられたような恥ずかしさに、苦い思いが込み上げる日にもなった。


 昔からよく神戸に行くという美容室のオーナーが、もう20年も経ったのかと感慨深げに、三宮なども見違えるような街に復興したという話をしながら、それにしても東日本大震災の復興はどうなっているんだろうと、真顔になった。「東京オリンピックなんかやっている場合じゃないと思うよ、本当に…。人手も予算も足りないっていうし…遅れて泣くのは現地の人たちだ」――。


 東日本大震災から4年が経とうとしている。被害が広域にわたり、しかも神戸・大阪のような経済的に豊かな大都市圏ではないだけに、復興にも格差は生じるのだろうけど、実際の現地からの声には、美談づくめの感傷的なマスコミの報告とはかけ離れた、想像を超える厳しさ・逼迫感(ひっぱくかん)が混じる。その現実を、いつまで…どこまで…見据えて行けるのか、嘘でもない「所詮は他人事(ひとごと)」と、ともすれば風化しそうになる気持ちのいい加減さに愕然(がくぜん)としてしまう。


 地方の厳しさの中で生活を再生させながら生きなければならない現地の実情は過酷だという。本当は「他人事」ではないはずなのだ。


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