2015年08月21日号

マイナンバー制度の危うさ


 ビクトル・ユーゴーの小説「レ・ミゼラブル」は、明治時代に黒岩涙香(るいこう)の手によって「噫(ああ)無常」という作品に生まれ変わり、わが国に紹介された。ろくに学校に通えなかった散歩人の母親が、“ジャンバルジャンの話”を良く教えてくれた記憶がある。罪を犯そうとも、悔悟(かいご)の念を持つ人は、心を改めることで許される道があるというこの話は、それだけ人々に勇気を与え、広く愛された。


 貧しさのあまりパンを盗んで19年を監獄で過ごし、社会に激しい憎悪を抱いて仮出獄した主人公ジャンバルジャンは、ミリエル司教の家から銀の食器を盗んで官憲につかまった時、“それは差し上げたもの、この銀の燭台も持って行きなさい”と罪をかばう司教に救われ、生まれ変わる決意をする。ジャンバルジャンは仮出獄の証明書を破り捨て、名前を変え、不幸な人々を救って、やがて市長になる…。


 現在の戸籍制度の母体となったのは、江戸時代の「人別帳」という戸籍簿制度だという。記載されている者はキリシタンではないことを証明した「宗門改め」から生まれた制度で、それぞれ檀那(だんな)寺が管理し、家ごとに戸主を筆頭に全員の名前・年齢・続柄・各家の持高などが記載された。人別帳を元に出自が証明され、旅の通行手形なども寺が発行した。罪を犯して逃げたり、貧しさなどから他領へ逃散(ちょうさん)した農民、何かの事情で身を隠さざるを得なかった人は、人別帳から削除されることになる。人別帳に記載されない人々は「無宿者」と称され、一生その過去に支配されて日陰に生きるしかなかった。無宿者は、理由もなく捕まり、囚人の扱いを受けたりしたという。


 人生は曲がり曲がり歩むもので、人それぞれに言いようのない過去を持つ。まっすぐ歩もうとしても、雨も降れば嵐にも遭う。道を見失い泥沼に踏み込むこともある。過去を執拗に捕捉されたら、ほとんどの人間は生きては行けまい。ジャンバルジャンは名前を変えて自ら更生したが、過去を執拗に追うジャベール警部という存在によって、再び逃亡生活に追い込まれる…。


 来年からマイナンバー制度が実施される。ネットワークによって管理されるこのシステムは一方で、過去も含めた個人情報が一部の管理者・機関によって常時捕促される暗黒的な危うさをはらむ。その存在が、ジャベール警部にならない保証は何もない。


クッキングトイ

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