2015年11月13日号

財布の中


 病院の診察券やクレジットカード、何かの領収書やレシート、なぜか何年も前の大吉だった時のおみくじやら正月に神社でもらった熊手の縁起物(初詣のおみくじに付いていたオマケ)まで入っていて、なにやらごちゃごちゃと膨(ふく)らんでいるけれど、肝心のお札は片隅に数枚、本当なら主役のはずが遠慮気味にひっそりと肩を寄せ合っている。散歩人の財布の中のお札は、時にはその存在もなく、入ったと思ったら席が温まる間もなくすぐつまみ出されてしまう運命で、昔から肩身の狭い寂しい思いをしてきたからどうも影が薄い。


 それがこの財布の昔からの有り様だからどうか堪忍してくれよと、もう古くなって縫い糸のほつれも目立ち始めた長財布をねんごろに撫(な)でさすりながら、もう少し中のものを出してみたら、未練にもほどがある、「ハズレ」と赤く印字された去年の連番宝くじが封筒に入って9枚(1枚は300円当せん券だったらしい)がまだ大切にしまってある…我ながらほとほと情けなくなって、さすがに捨てた。どうも財布というのは、持ち主の生活史に限らず精神史まで物語るものらしい。


 めったに開けない仕切りの中からは、ぼろぼろになったメモ用紙が出て来た。若い時の字で、「憂(う)きはひととき うれしきも 思い醒(さ)ませば 夢候(そうろう)よ―閑吟集―」とある。何かの本にあったか、聞いたかしたのをメモって忍ばせておいたのだろう。つらい嫌なこともうれしいことも、気がついてみれば夢みたいなもの…いちいち悩んでも仕方がないなんて、そういう前向きの気持ちをいつも身につけておきたいと思っていた、そんな若い時代があった。


 茶色に変色した古い小さなメモがもう1枚出て来た。「元気ですか… 親と言っても何も出来なく情けなく思います 本の気持ですが 何かのたしにして下さい 母より(原文のママ)」。若い時分に田舎から送ってくれる荷物を開けると、お金が一緒に入っていたことがある…その添え書きなのを思い出した。


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