2015年12月18日号

水木しげるさん


 漫画家の水木しげるさん(本名・武良茂)が11月30日、93歳で亡くなった。奥さんの武良布枝(むらぬのえ)さんのエッセー「ゲゲゲの女房」が2010年にテレビドラマ化されて晩年も注目され続けたが、昭和40年ごろから30年以上にわたって描き続けられた「ゲゲゲの鬼太郎」はアニメでも世代を超えて大きな人気を集め、多くの中年・老年にとっても忘れられない漫画家の筆頭だろうと思う。


 お化けといえば水木しげるが登場するくらい妖怪関係の第一人者になるのだが、その一方で、自らの悲惨な戦争体験をベースにした戦記漫画が、仕事の大きな比重を占めている。実は戦争漫画といえば水木しげるといわれるくらい力を入れて描き続け、高く評価されてきた。一握りの人間の利益のために戦場に駆り出され、飢えと病気と上官の理不尽な仕打ちと戦闘で、いやおうもなく殺された大多数の一般兵士たちの側に立って戦争の実態を描き、戦争のいい加減さ馬鹿らしさ、くだらなさ、何よりも想像もつかない悲惨さを後世の人々に告発し、糾弾する一貫した姿勢をかたくなに持ち続けた。


 こんな話もある。赤道直下、ラバウル方面の最前線に送られ激しい戦闘の中、爆撃により左腕を失い、さらに飢えとマラリアで死線をさまよった水木さんは、食料を求めてたどり着いたある小さな村の原住民たちと親しくなる。パウロという名前までもらい、同族として受け入れられて畑まで作ってもらうほどだったという。敗戦が知らされた時、いっそ現地に残りたいと「現地除隊」を申し出るが説得され断念したほど、原住民のその世界がすっかり気に入ってしまった水木さんは、みんなが引き止めるのを、7年したら帰ってくると約束して復員。パプアニューギニアのその村の人々と再会したのは26年後だった。以降、何度も訪れ、「ニューギニアに移住したい」と言うまでに惚れ込んでいた…(水木しげるの漫画「地獄と天国」「戦争と日本」ほか参照)。


 自分たちと無関係な戦争の最前線にされながら、戦争に明け暮れる文明社会とはかけ離れた、おだやかでのびやかな暮らしを続ける、現地の人々との奇跡的ともいえる出会いと交流。不思議な不思議な夢の世界の話に聞こえる、本当にあったお話だ。水木さんは出会った当時、その小さな村を「天国の部落」だと思ったという。


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