2016年01月15日号

亡き人の思い出話


 年の瀬に、縁のある人が1人、2人と亡くなった。正月の葬儀を知らずにいて、3日の朝刊にまとめて出たおくやみ欄で初めて亡くなったことを知ったり、4日の仕事始めに出勤して知らされたりした。


 会社を立ち上げて以来お世話になってきた顧問税理士の先生は、80歳という高齢にも関わらず現役で、亡くなる1週間前に会ったばかりだった。数年前に奥さんを亡くして1人住まいだったから、遠くに住まう1人娘の家族が遊びに来るのを心待ちにしていた。12月29日に帰ってきた娘さんが風呂場で倒れている先生を見つけた。検死や状況から25日に入浴して亡くなったらしいという。情の深い、いつもおだやかな笑顔を絶やさない方だった。その先生が打ち合わせの合間に、よくいろいろな思い出話をしてくれた…。


 父親が徴兵され、先生は朝鮮で母親と2人きりになった。その母親が病に倒れる。まだ9歳だった。床についた母親に何か食べたいものはないかと聞いたら、りんごと答えた。りんごを探して先生は町の市場を駆けずり回った。ようやく見つけて、りんごをすって食べさせた。そして、母親はほどなくして息を引き取った。昭和20年の春まだ浅い頃だった。連絡を受けて駆け付けた祖母や叔母と中国の大連で落ち合い、北海道に帰り着いたという。後でその頃には父親も戦死していたことを知った――。


 仏教詩人といわれる坂村真民さんに、「つゆのごとくに」と題するこんな詩がある。――《いろいろのことありぬ/いろいろのめにあいぬ/これからもまた/いろいろのことあらん/いろいろのめにあわん/されどきょうよりは/かなしみも/くるしみも/きよめまろめて/ころころと/ころがしゆかん/さらさらと/おとしてゆかん/いものはの/つゆのごとくに》――多くの思い出話の中で、先生は一度だけ、心の奥底に大切に抱きしめてきただろう過酷な運命のことを、しみじみと話してくれたのだった…。


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