2016年06月03日号

風そよぐ


 いい天気が続いている。初夏の日差しがまぶしく降り注いで、5月半ばから連日20度を超す暖かさが続いている。今年は風が少し強めだが、それでもこの季節に吹き渡る風は心地いい。


 昨年の今頃の散歩道欄で――俳句の春の季語に「風光る」という表現がある。《春になって日の光が強く明るくなり、吹き渡る風にも眩(まばゆ)い感じがある。これを「風光る」という。(中略)新しく「風眩し」と用いる句も出ている。「風かがやく」の例もある。》(新潮社編/俳諧歳時記)。夏の季語には「風薫(かお)る」というのがある。《山野を渡り、若葉青葉の香を運んでくる穏やかな風を言う語。》(角川書店/ふるさと大歳時記)。南風を「薫風(くんぷう)」ともいうそうで、若葉青葉の香りに、きっとどこからか花の香りものせて、そよ風が心地良くふいている…そんな夏の初めの景色――などと書いていた。「風光る」も「風眩(まぶ)し」も「風かがやく」もこまやかでさわやかな感じがして、好きな言い方だ。


 思えば、小さい頃から「風」はいつも身近に感じられる自然現象だった。山の奥の小さな村で育ったから、同じ年恰好の子供はそれほど多くなく、大きい子供たちが学校へ行っている間は1人遊びがいつものことで、家や大人たちが作業をしているまわりの野原や小高い丘で、鳥や虫や木や草や、水たまりや小川や、石や土塊(つちくれ)を相手に、独り言を言ったりデタラメな歌を歌ったりして遊ぶことが多かったのだが、そんな時、そよ風に草の葉がくるくると回るような不思議な動きをしたり、突然、強い風がザザッと吹き渡って、木や竹やぶが騒ぎ立てる音に心をとどろかせたりした。松の木は、松葉に風を受けて笛のようにひゅうひゅうと鳴る松風の音(松籟=しょうらい)を奏でていた。紙飛行機や凧は風をうまく読めば面白いように飛んだし揚がった。強い風が吹けば、「風吹け!嵐来い!」と風に向かって叫んだ。声は風に吹き消されても、何かに立ち向かい闘っているようで、無邪気に強くなった気がした。


 風がそよげばうっとりと身をまかせ、強い風の時には全身に風を受けるのが爽快で、強風の時には前かがみになって風に立ち向かう…そんな気持ちがあった。独りでいる時は、いつも吹く風を感じ、なんだかんだと“話”をした。はたから見れば独り言を言うおかしな子供だったかも知れない…。


 風は「空気が(広い範囲を)流れ動く現象」だという。でも、見えない空気が動いて風になるのが、当たり前のことなのに、何だか不思議な感じもしている。そして、風はいつだって、「ひとりじゃないよ」と小さい頃からずっとささやきかけてくれていた気がするのだ。


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