2016年09月30日号

消えた里山の風景


 山の中腹をたどる峠の道は、幅1mほどの急な山道で、雨水が流れ下るためにVの字にえぐれ、道がなだらかになる峠の頂上に出るまでは、馬でさえも難儀した。昭和30年代まで子供たちはその峠道を学校のある隣村まで通ったのだが、山の中腹は牛馬の冬の間の飼葉(かいば)にするための夏草刈りをする場所になっていて、道の周辺には広々とした野原が広がり、むしろその野原がちょうどよい通学路となり遊び場になるのだった。


 夏の農閑期、草を刈って干し草にする作業は昔々から続いていて、広やかな野原の独特の風景と生態が受け継がれていた。夏草刈りをする時に、村人たちは昔から松の木と、湧(わ)き水のまわりの木立ちと藪(やぶ)をこんもりと残すようにしていたらしい。風が吹き渡る野に松風がヒューヒューと鳴り、湧き水の木立ちは涼しい木陰と飲み水を与えてくれるのだった。


 秋も半ばを過ぎる頃、子供たちは勇躍する。木立ちの中に生(な)るアケビや山ぶどうなどが日ごとに熟してくるのだ。少し山の中に入り込めば、コクワや栗もあった。アケビは熟すと側面が縦にパックリ割れて開く。その中に白か半透明の種をくるんだ甘い果肉があって、それを食べるのだが、甘い果肉だけを先に小鳥に食べられてしまい、中が空っぽでがっかりするのがたびたびだった。コクワはサルナシという名もあって、キウイフルーツの親類だそうだから味も似ている。大人になってキウイというシャレた果物を初めて食べた時、「何だコクワと同じじゃないか」と無感動に思った覚えがある。ちょうど今ごろ、秋の山の恵みに、腹を空かせた子供たちは無我夢中になるのだった。


 やがて、機械化が進み牛や馬は農家から姿を消した。毎朝の青草刈りや夏草刈りもなくなって、農家の仕事は格段に楽になったが、一方で、北海道の牧草地のように村のまわりの方々に広がっていた野原も姿を消した。峠道のまわりのあの野原も、いまは鬱蒼(うっそう)とした杉林になってしまった…。


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