2017年02月24日号

津軽三味線名人・高橋竹山と作曲家・船村徹


 津軽三味線を世界にまで広げた名人・高橋竹山(1910~1998年)の生涯を描く、朗読劇「高橋竹山 津軽三味線ひとり旅」の中、若い頃の過酷な苦労を追想する場面で竹山が言う…「山は好きだなあ。なもしゃべる人いねし、邪魔ねぇし、何もかも忘れてしまうじゃ」……。ほとんど盲目だった高橋竹山は、14歳で隣村のやはり盲目の旅芸人に弟子入りして三味線を習い、20歳代後半まで、人家の門口に立って三味線を弾き、唄を歌って米や小銭をもらう門付(かどづ)けをして、青森、秋田、岩手、そして北海道を歩いた。いつも腹をすかせ、さげすまれ、その日その日どこに寝るか、そればかりを考えていたという。朝早く起きて、門付けに村から村へと五里も六里も歩く。寒い日でも外で寝たりする…。


 ♪破れ単衣(ひとえ)に 三味線だけば よされよされと 雪が降る……北島三郎が歌う「風雪ながれ旅」(1980年)は、高橋竹山の生涯を元に、作曲家の船村徹さんが世に送り出した(作詞は故・星野哲郎)。その船村徹さんが2月16日、亡くなった。84歳だったという。つらい門付けの旅の凍てつくような風景…人の情…ダイナミックでかつ繊細な曲調は、そのすべてが目に浮かぶような名曲中の名曲だと思っている。


 別れの一本杉(春日八郎)、ご機嫌さんよ達者かね(三橋美智也)、柿の木坂の家(青木光一)、王将(村田英雄)、兄弟船(鳥羽一郎)、矢切の渡し(ちあきなおみ・細川たかし)、白馬のルンナ(内藤洋子)、東京だよおっ母さん(島倉千代子)、みだれ髪(美空ひばり)、宗谷岬(ダ・カーポ)……船村徹さんが手がけた曲は5500曲以上。その歌でどれほど人々は慰められ、救われてきたことだろう。


 ちなみに、高橋竹山の戒名は「風雪院調絃竹山居士」というそうだ。


フルーツ 福袋

トラックバックURL:

« メニエール病 | TOP

[PR]SEO対策済みテンプレート