2017年03月31日号

春の恵み


 春めく野、田んぼや土手から音を立てて流れ出る清冽(せいれつ)な雪解けの水。そのほとりに顔を出したフキノトウ…。まだ雪が残る野を渡る風は冷たいけれども、「ああ、春が来た」という思いに胸がふくらんで、この頃は涙ぐみそうになってしまう事さえある…。


 野の土手や河原には、ネコヤナギの芽もふくらみ始めている。春を告げる銀毛の花芽…。まだ娘が小さい頃、「ニャンコがいっぱい乗ってる木があるのだよ」などと、柄にもないことを言って、ネコヤナギの木を教えたことがあった。それを見て娘が、「ゴマちゃんみたい」とゴマフアザラシに見立てて喜んだのを思い出す。ネコヤナギにも花言葉があって、猫のイメージからか「率直・自由・気まま」なのだそうだ。その一方で「努力が報われる」という、希望がふくらむような花言葉もあると、花言葉の本にはあった。


 フキノトウやらギシギシやらを先頭に、さまざまな草ぐさが雪解けを待っていたかのように芽吹いてくる。散歩人が生まれ育った秋田あたりでは、土地の呼び名でギシギシの赤い若芽を「シノベ」と言い、フキノトウを「バッケ」と言っていた。雪が消えるか消えないうちに、そこらの土手や野に出て、春の菜摘みが始まる。いたる所に生えているから山菜とりのように大騒ぎするほどのものでもなかったが、雪の下や顔を出したばかりの土に頭をもたげたバッケにしてもシノベなどにしても、春の菜はどこかに清涼な気を持っていて気持ちがいい。


 フキノトウは、そのままきざむか、サッと熱湯にくぐらせてすり鉢で味噌とざっくりとすり合わせる「バッケ味噌」にすることが多かった。葉だけでもいいし、丸ごとでもいい。今は天ぷらにして春の香りを楽しむのが一般的だが、油が貴重品だった昔は天ぷらにした記憶がない。ギシギシの若芽(シノベ)は独特のぬめりとエグ味がうまいと、ゆでて酢味噌和えや大根おろしと合わせる酢の物に喜ばれた。


 春になると骨盤が開きながら上に上がってくる。季節に合わせたそうした体の変化で、腰がフワッと浮いた感じになり、何となくウキウキとしてくる……などと、昔読んだ本にあった。寒い冬に備えて締まった体が、春が近づくと暖かい季節に向けてゆるむ感じになるのだそうだ。人間の体は、思う以上にまだ自然の中にある…。


 4月4日は季節の巡りを言い表わす二十四節気の「清明(せいめい)」。清々(すがすが)しく明るい空気に満ちる季節だという。


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