2017年10月20日号

ウソに染まる前に…


 紅葉がいつもの年より1週間ほど早いという。街かどの木々も今年は早々と色づき始めている。秋の深まりを一番先に知らせてくれるナナカマドの赤い葉と赤い実は、青い秋の空に映えてひときわ鮮やかなのだが、いつも見とれてしまうのは桜の木の紅葉で、それぞれの葉が緑から赤へと変わっていく色あいの変化の、あの深みのある絶妙なグラデーションに何か胸に迫るものを感じてしまうのだ。桜は奥ゆかしい佇(たたず)まいで、春も秋も人を魅了する…。


 「それにしても今年の紅葉はきれいですね」と、スタッフが言う。「去年はあまりきれいじゃなかったし、山には早く雪が降ってダメになったしねぇ」と誰かが相槌(あいづち)を打った。ところが「よく去年のことをそんなにしっかり覚えているなぁ」と散歩人がおかしな感心をしたせいで、「何せもの忘れがひどくて…」という無粋な話に変わってしまった。


 用事があって車でそこに向かっているのに、電話が入ったりしてその途端に用事を忘れ、違うところへ向かったりすることが、何度もあった。そんなボヤキに「冷蔵庫をあけたとたんに何を出そうとしたのか思い出せないことが何回もありますよ」と心優しいスタッフが慰めてくれた。でもなぁ…。国会で「記憶にない」とシラを切っても平気で通ってしまうお国柄だから、どうもこの国はもの忘れが大手を振って歩いているのだが、散歩人の場合は「本当のもの忘れだい」とおかしな自慢をしているほどなのだ…。


 政治家や官僚などが「記憶にない」とウソを吐(つ)くのは、言質(げんち)を取られて追及されたり偽証罪に問われないよう逃げる“消極的なウソ”かもしれず、「ウソをつくのは人として恥ずべきこと」という恥の概念があった頃は、言語不明瞭にしてごまかす政治家も多かったのだが、近頃は平気で“息をはくようにウソをつく”政治家が増えて権勢をふるうようになってしまった。人の先に立ち国を治める者たちがこれでは、だまし合いと人への不信が世の中を生きるための当たり前の“常識”になる。案の定、国を代表する大企業が、ウソのデータを発表していたことが明るみに出て世間を騒がせている。考えてみたら、毎年のようにこんな恥知らずな事件が続いている。


 不信の世は争いを生む。この流れを食い止めなければ、大変なことになる…そんな気がする。


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