2018年03月02日号

ひな祭り今昔


 3月3日は桃の節句で雛祭り(ひなまつり)なのだそうである。…などと、ちょっと他人事(ひとごと)のように言うのは、大人になって娘が生まれてからは、“人並み”に飾り付けたりはしたのだが、なにせ生まれも育ちも秋田の山奥の百姓で、しかも男だけの3人兄弟だったから、祖母の名が「ヒナ」という以外は、おひな様なぞに縁もゆかりもなく、この年になってもいまだにピンと来ないためだと思う。おばが何人もいて雛祭りを知らなかったわけではないだろうが、家の行事としてはまるで意識されていなかった。雛祭りというのは裕福な上流階級の家でやることで、貧乏百姓がいいふりして(見栄を張って)やることではない…分相応の生き方が貴(とうと)ばれた時代だから、別の世界の自分たちには縁遠い行事にすぎないと考えていたような気がする。


 ところが、小学校に上がったら「うれしいひなまつり」(サトウハチロー作詞・河村光陽作曲)などという歌を習った。――♪あかりをつけましょ ぼんぼりに/お花をあげましょ 桃の花/五人ばやしの 笛太鼓/今日はたのしい ひな祭り……見たことも聞いたこともないから、女の子のお祭りだという少しばかり気恥ずかしくもあるその情景を、歌から想像するしかなかった。ただ、3番の歌詞にはしっかり反応した。――♪金のびょうぶに うつる灯(ひ)を/かすかにゆする 春の風/すこし白酒(しろざけ) めされたか/あかいお顔の 右(う)大臣……「白酒」のところではっきりと心が動いた。「そうか、おひな様も濁り酒を飲んでいたのか」。雛祭り用に、甘酒とは異なる、甘く作った「白酒」があるとは知らなかったのだ。


 5つかそれくらいから、数百メートルほどの山の中にある炭焼き小屋などに密造した濁酒(ドブロク)を、手に飯盒(はんごう)を持たされてよく取りに行った。小屋に着くと、保温用にかけた粗ムシロや毛布をどかして大きな甕(かめ)の蓋を取り、柄杓(ひしゃく)で上澄みをすくってひと口グビリとやる。ちょっと辛い。柄杓で底からかき回し、麹(こうじ)の混じったのをふた口め。甘いからこっちの方が好きだといつも思う。そんな味見をしてから飯盒をいっぱいにして帰るのだった。赤い顔で千鳥足で帰ってくると、笑われた覚えがある…。


 みやびな雛祭りは豊かな人々の特権的な行事だった。それが金銭的な豊かさを手に入れた庶民にまで広がった…。世は移ろい、今は豊かさの象徴だったはずの雛飾りが処分されたり捨てられたりするという。行き場を失った由緒ある雛人形も多いと聞く。世の中の何が変わったのか、気にかかる…。


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