2018年06月01日号

“事件”の向こうに


 アメリカンフットボールという日本ではまだなじみが薄いスポーツの試合で起きた“事件”なのだが、人々の関心は“沸騰した”と言えるほどに一気に高まった。アメフトなどは見たこともないと言う女性スタッフなども「卑怯(ひきょう)で“イサギ悪い”(潔いの反対語のつもりらしい)大人たちに腹が立って、このオバサンがテレビに怒鳴り散らしちゃったわよ」と憤懣(ふんまん)やるかたない様子だ…。


 5月6日の日本大学対関西学院大学の定期戦で、ボールをパスし終わった関学大QB(クオーターバック)の背後から、日大選手が悪質な反則のタックルを仕掛け、ケガを負わせた事件。反則行為で相手QBを負傷させた日大の選手は、心ならずも実行してしまった自身の行為を深く悔やみ、20歳になったばかりというのに、自らの非を認め反省する謝罪の会見を開いて、明瞭なやり取りで真相を明らかにした。その潔さとは正反対に、反則行為を指示したとされる日大チームの監督、コーチは、会見でも表面的には「すべて自分の責任」「選手を育てるため」などときれいごとを並べながら、刑事罰に繋がるような肝心の事実関係になると言質を取られないよう逃げるばかりの不透明さ。


 具体的で矛盾のない説明を行い、真摯(しんし)に受け答えした選手の潔い真正直さに対し、指導者とされる立場にある大人たちの(しかも教育機関である大学の)、何と不誠実で醜い卑怯な態度なのだろう…。多くの人がそう感じたのは、テレビや新聞、ネットでの湧き立つような反応を見ても明らかだった。


 そして、日大アメフト事件は、“ウソだらけ欺瞞(ぎまん)だらけ”の首相とその取り巻き政治家・官僚の胡散(うさん)臭さ、卑怯なやり口と同じニオイがすると、多くの人々が直感し高い関心を呼んだ感じがする。人としてやってはならない事にぎりぎりのところで向き合った一人の青年に対する、人々の温かいまなざしの向こうに、「不信」にのたうつ今の世情が見える気がする…。


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