2019年01月25日号

市原悦子さん


 女優の市原悦子さんが1月12日亡くなった。82歳だったという。1975年に始まって20年近く、すべての登場人物の声を常田(ときた)富士男さん(故人)と2人だけで演じ続けたテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」がいまだに多くの人々に語り継がれている。テレビドラマ「家政婦は見た!」(1983~2008年)でも、スター性とは異なる“不思議な”人気を集めた。


 芸能文化評論家の肥留間正明氏がこう言っている。「決して絶世の美人ではないけれど、ある意味で“平凡であること”を極めた方でしたよね。どこにでもいそうだけど、どこにもいないんですよ。表には出さずとも、強烈な“芯”を内に秘めた方だったと思います。後世まで語り継がれる大女優だと思います」(日刊ゲンダイ1月17日デジタル版)。本当にそうだと思う。小器用なスマートさではなく、一種の不器用さを感じさせながら、懸命に考えて動くその必死の“まごころ”というのか“誠意”が、胸に響いて、親しみやすい、不思議な魅力があった。文句無しに「ああ、この人は信頼できる」という人はいるもので、そういう人でもあったと思う。


 千葉県出身。俳優座養成所を経て、1957年俳優座入所。戦争につながる動きを必死に食い止めようと、“戦争童話”の朗読をする活動も約30年間続けてきた。こんな思い出を語っている――私は終戦から3年後の1948年に疎開から千葉市に戻り、中学の演劇クラブに入りました。軍国主義一色のなかで青春を過ごし20代と若かった顧問の岩上廣志先生は、演劇を通して教育にあたったといいます。「一人ひとり違っていいんだ。みんな主役だよ」って。歌う人、衣装を縫う人、絵を描く人…。みんなを平等に愛してくれました。一人ひとりが輝けばいいんだと。先生は、敗戦を迎えて、憲法と教育基本法ができた時、希望の光を見たといいます。ずっと後になって、先生のお兄さん2人が戦死していたと知りました。先生の中に、戦争への怒りがあったんですね(2016年8月13日「しんぶん赤旗日曜版」)――。


 「彼女の声はただ綺麗(きれい)だというだけでなく、独特の質感がありました。その天性の素質に感服した」と言う、俳優座の先輩だった仲代達矢さんは「折々に語る彼女の言葉の、戦争や平和についてスッと背筋を伸ばしたような姿勢を、同じ最後の戦争体験世代として、とても感銘深く眺めていました」とも語っている(2019年1月20日・同)


のだめ CD

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