あの山に登れば海が見える…と母が言う。

山の中にひっそりと息づいて来た小さな集落を見下ろすように、村の人々が「たかどや」と呼んだその山は、朝も昼もいつでも、そこにあった。白い雲がゆっくり流れる。山肌をその影がまだらな模様となってすべって行く…。その風景の中で村の子供たちは育った▼公的には七折山(秋田県/標高261m)と名づけられているが、地元では「たかどや」とか隣村では「たかどり」と言っていた。長野にはむかし狼煙(のろし)台だった高鳥屋(たかどや)山というのがあるという。その昔はもしかしたら「高鳥屋」などと呼んで、狼煙台とかがあったのかも知れなかった。山の麓には豪族の館跡もあり、場所的にもありえない事ではなかった…▼山の子供には、海は遠いあこがれだった。少し大きくなって、崖(がけ)と尾根づたいに「たかどや」に登る冒険をした。頂上にたどり着くと、隣村も町も眼下に見える。心が彼方へと広がっていくようなそう快感に得意になったのを覚えている。初めて見る海は、はるかに白い線となって光っていた▼山の中腹は、冬の牛馬の飼料にする夏草刈りの場だった。夏が来ると夏草刈りが何日も続く。その後の一面の野原は、子供たちの遊び場になった。湧き水のある所にはこんもりと木立を残して、木陰に泉が守られる。松の木も残していて、ヒューヒューと鳴る松風の中、バッタを追い、松かさを拾い、紙飛行機を飛ばした。遠くに働く父や母を見つけると、声を振り絞って「ほーい」と呼んだ。昔は子供も大人も本当に良く叫んでいたと思う。母親や父親は、裏声でやはり「ほーい」と叫び返す。声の限りに叫ぶその声は、心ものせて運んだ。それが風にのった…▼昔日のある山村の情景。幾世代にもわたって人々を見守って来ただろう、そんな山がふるさとにはある。